
緑深い山々と見事な景観、四季折々の産物に恵まれた我が山梨ですが、海だけはありません。遠い昔から人々は海に出口を求め、海の幸に憧れを抱いてきました。そんな山梨の地で、400年の昔、海産物問屋として創業された湊屋藤右衛門を始めとするミナヨ(湊與)グループをご紹介いたします。

戦国武将「武田信玄」の曾祖父にあたる「武田信昌」の子である信賢や信久は、数々の戦の恩賞として伊那郡飯島邑を与えられ、そのことにより「飯島姓」を名乗るようになりました。
その飯島信久のひ孫にあたる、伊兵衛(二代目:伊兵衛)が甲府にて海産物問屋を開業したことが、ミナヨ(湊與)グループの始まりでした。
また、この頃、私共の祖先である六代目湊屋藤右衛門が研究・開発した保存加工技術により「煮貝」が生まれたと言われております。

徳川時代から明治維新前~明治中頃までは、甲府で生活する方々の食膳を賑わす海魚類は、駿河(吉永町)あたりで仕入れ、富士宮から精進、本栖と昔の駿州中道往環を昼夜兼行、人の力で運ばれておりました。
そして、大正2年、現在の甲府中央市場が建設されたのですが、この頃から「湊好(みなよし)」の屋号で、「甲州煮貝の元祖」を売りに、鮮魚卸問屋として営業させていただきました。

400年の間、海産物問屋として創業された湊與は、創業当時の家訓である 『信用第一』 『お客様の心を心として真面目に堅実に』 を守り通してまいりました。それは顧客第一主義に徹することであり、また世の中の進歩や変化に即応して常に挑戦していく進取の気性を大切にするということだと思います。
顧客第一主義の表れとして、現在、ミナヨグループでは多くのお客様のご要望にお応えするべく、さまざまな食材を取り扱っております。海産物にとどまることなく、青果・食肉加工品・乾物に至るまで、食に関する大部分をお届けできる体制を整えてきました。
今、私達は流通革新の波の中に見事に泳ぎきる技術を身につけ、地域社会に食文化を通して貢献できることを願っています。
先祖代々受け継がれてきた気概と技術を伝承しつつ、新たな時代にも対応することで、これからも皆様のもとに美味しくて安全な『食』をお届けしてまいります。